スパイダーマンの生みの親、スティーブ・ディッコ亡くなる

スティーブ・ディッコが亡くなった。スパイダーマンドクター・ストレンジというマーベルを代表するキャラクターをスタン・リーと共に生み出した、伝説的なアーティストだ。享年90歳。

Source:The Hollywood Reporter, Wikipedia

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R.I.P. スティーブ・ディッコ

スティーブ・ディッコは1927年、ペンシルバニアで生まれた。1950年代からコミック業界で仕事を始めたが、大きな転機が訪れたのは1962年、マーベルコミックスの編集者スタン・リーが10代の若者を主人公にしたヒーローもの「スパイダーマン」を企画した時だった。

スタンは最初『ファンタスティック・フォー』で既にコンビを組んでいたジャック・カービーに相談した。しかしカービーのデザインしたキャラクターは、「ヒロイックすぎる」という理由でスタンのイメージにそぐわなかった。(その頃はまだ、魔法のリングで変身し、蜘蛛の糸を発射するウェブ・ガンを持つという、現在とはかけ離れた姿だったらしい)

そこで白羽の矢が立ったのがディッコである。ディッコの繊細な感性は10代のキャラクターにマッチした。コスチュームやウェブシューターなど、現在我々が知っているスパイダーマンのデザインは、全てディッコによるものである。

そして翌年には、スタンとディッコのコンビによるもう一人の人気キャラクター、ドクター・ストレンジが誕生した。ディッコは、後のスコット・デリクソン監督による映画にも影響を与えた、サイケデリックな世界を描き出した。やがてディッコは単なるアーティストではなく、プロット(あらすじ)にもクレジットされストーリー作りに関わるようになっていく。

しかし、ディッコは突然マーベルを去ってしまう。理由はスタンとの確執だという説もあるが、定かではない。その後、チャールトン・コミックスやDCコミックスで活躍。クエスチョンやブルービートル、ホーク&ダブ、クリーパーなどのキャラクターを生み出した。
なお、あの『ウォッチメン』に登場する名キャラクター、ロールシャッハは、ディッコの生み出したクエスチョンと「Mr. A」(ディッコのオリジナルキャラクター)が元になったと言われている。

その後、マーベルに戻ったディッコは、スピードボールスクイレル・ガールを生み出すが、1998年にはメインストリームのコミックからは引退。しかし、その後も筆を折ることはなく、自身の心の赴くまま、オリジナルのコミックを発表し続けた。

2018年6月29日、ニューヨークのアパートで、ディッコの遺体が発見された。死亡したのは2日前、死因は循環器系の疾患ではないかと見られている。享年90歳、生涯独身だった。目立つことを嫌い、インタビューもほとんど拒否したという。
「私が仕事をする時、読者に提供するのは私個人ではなく、私のアートなんだ」と生前語っている。

スティーブ・ディッコ氏のご冥福を心よりお祈りいたします。

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